番内は本来、吉兆神事の先達をして猿田彦や随神で
あったものが、明治の中頃から厄年の男などが扮装を
して「悪魔払い」と言って、家々を巡り歩くようになりまし
た。結局は吉兆の番人、あるいは行列の護衛に当たる
ものであったと思われます。

 

 

 

「番内」のいわれ