堀尾家により成立した出雲松江藩ですが、1633年忠晴死去と同時に無嗣改易となりました。
翌年、若狭小浜から京極忠高(きょうごくただたか)が26万4千石入城しますが、わずか4年、一代で同じく無嗣断絶しました。
その後、越前系の松平直政(まつだいらなおまさ)18万6千石で入封、以後この家が定着します。
明治に入ると「廃城令」で城郭は破棄、天守も競売にかけられますが、地元の有志が資金を出し合い買い戻し、1950年5月
「重要文化財」の指定を受け、現在に到っています。

☆出雲松江藩と松江城(其の二)