比婆山久米神社奥の宮

今年は、松江の開府400年も佳境を迎えるが、
島根全域では「古事記1300年」のセレモニーが本格化する年でもある。
それにちなんだイベントや出版物も数多く出回り始めた。
古代出雲王国研究会が昨年の秋に、今井出版から発行した
「山陰の古事記謎解き旅ガイド」は、約100Pのボリュームで、
カラー写真とMAPがふんだんに盛り込まれて、定価476円(税別)と手頃な一冊。
既に3刷を迎える人気を見せている。
この春から、空いた時間を使って、このガイドに沿って現地を訪れてみることにした。
今日は、その第一弾。花粉症で鼻水をダラダラ垂らしながら、
同ガイドで最初に紹介されているスポットに行ってみた。
(写真は比婆山久米神社・奥宮にあるイザナミ御陵墓)

 

 

 

 

 

 

 

イザナギ、イザナミと言えば、たいていの日本人は知っているはず。
男性神イザナギと、女性神イザナミが、この国の国土を生み出した、と神話は語る。
国土だけでなく、様々な神をも彼らは産み出した。
そしてイザナミは火の神を産む際に致命傷を負い、黄泉の国へと旅立ってしまう。
(これも日本書紀では、死なない展開になっているのだけれど)
イザナミを思うあまり、黄泉の国へと出向いたイザナギは、彼女との約束を守れず、
朽ち果てた姿を見られ激怒するイザナミに追われ、這う這うの体で逃げ出す。

そのイザナミの陵墓と言われる場所が、島根とその周辺部にいくつかある。
今日、出向いた安来市の比婆山もそのひとつだという。

古事記には
「その神避りし伊邪那美命は出雲国と伯伎国(鳥取西部)との境の比婆の山に葬りき」
と記され、それよりも古い高千穂朝廷時代の書物「上つふみ」にも、
「カムイザナミノミコトハ トヨチガハラノ
イヅモノヒワノヤマノイタダキノオオミヤニカクリ シヅマリタマイキ」
と書かれているイザナミの陵墓。それが、安来の比婆山のことなのか、
広島との県境にある比婆山のことか、諸説あるようだけれど島根の比婆山といえばここ。

山陰道・安来ICから伯太川を遡上するように、県道9号線を進み、
約15キロ(約30分)ほど行くと、川を挟んで右手に久米神社の下の宮が見えてくる。

久米神社下の宮。鳥居の横に車1台分程度のスペースあり(写真A)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

拝殿と本殿があるのみの簡素な神社である。
いつ頃のものかは手元に情報がないけれど、建材の状況からかなり昔だと思われる。
社務所もなく、人影のない境内をウロウロする。
拝殿の奥の本殿は、内削ぎの千木と5本の鰹木が、女神のお社だと示している。
建材には年月の風化が顕著だけれど、手入れされている跡がうかがえた。

下の宮の本殿。屋根部分の大きい、切妻・平入りの神明造り。

この神社の右手の道(写真A参照)が「清水掻(こりかき)」集落へ続く道で、
清水掻道と呼ばれている。旧尼子道を経由して山頂へ向かうこのルートを行く。
車で旧尼子道の出発点まで向かうことができるが、
車1台がようやく通れる道幅なので、それなりの覚悟がいる。

旧尼子道への分岐地点(山頂へ1070m)車3~4台分の駐車スペースあり

さて、こっからが結構な道行だ。
「ガイド」には、軽い山歩きの装備でと書いてあるが、少なくともこの旧尼子道に
関して言えば、結構ハードだと思う(笑)
昨年の大雪のせいか、ぬかるむ場所、倒木などが頻出し、
その上、660mを一気に登るため、軽い気持ちで登るとエラい目に会うことが判明。

こんな大岩や…こんな倒木がコースをアスレチックにしてくれる

この旧尼子道、その昔、馬に乗って参詣したと道中の立札にあったが、
「本当かよ!」と突っ込みたくなる急坂である。上げ馬神事じゃないんだから。

息を切らしながら山頂に出ると、もうそこは久米神社・奥宮の境内である。
比婆山を形成する3つの峰のひとつ、「御陵峰(御陵山)」のてっぺんだ。

久米神社・奥宮境内。標高320mほどの山頂にある。今日は強風で寒かった!

 

 

 

 

 

 

 

 

人のいない明るい午後の境内は、神秘的というよりはのどかな空間。
拝殿と本殿はダイレクトにつながった、いわゆる大社造りになっている。
その背後に、お目当ての伊耶那美(イザナミ)大神御神陵だ。

拝殿の屋根は寄棟型。柵に囲まれたイザナミ陵墓。

さすがにこの空間だけは、どこか独特の空気を漂わせている。
こんもりとした土の盛り上がりは、確かに古墳めいているが、神であるはずの
イザナミのお墓だと考えると、神代と現代の境界が頭の中であやふやになってくる。
笹薮で覆われていた頃は、さぞかし神秘的なビジュアルだったに違いない。
陵墓のまわりをグルリと回って、別の角度から陵墓を拝見。

裏側から見たイザナミ陵墓。表面を覆っていた笹薮はきれいに取り払われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

周囲の木立ちの影が、不可思議な文様を墓の上に落としている。
日本の国を創造した神の一人が、ここに眠っているのかと思うとムムムと唸るしかない。
拝殿脇のタッパーの中に仕舞われている”神縁”と書かれたノートブックをつまみに
遅めの昼食を採る。「ガイド」を見て来たという人も多いようだ。
「いつになったら着くのか、熊が出てくるんじゃないかとヒヤヒヤした」という記述も。
僕もまったく同じことを思いながら登ってきたので、同情する。

十分に休んでから、今度は「横尾道」のルートで下山してみることにした。
ノートの記述を見ると、どうもそちらのルートからの登山者のほうが多いようだ。
どこへ出るのか全く分からなかったが、車の場所までは歩けばいいと決心して出立。
社殿に向かって右側へと足を進めると、ほどなく「陰陽竹(いんようちく)」の看板。

陰陽竹は、この山にしか繁殖していない固有の竹で、天然記念物に指定されている。
男竹に女性的なササの葉がつくことから、このような名前になったとか。
ちなみに学名は
「ビバノバンブーサ・トランキランス・マルヤマ・H・オカムラ・G・ムラタ」
というらしい。長い(笑)
この陰陽竹、伝承によれば、イザナミが持っていた杖を立てたものが起源だとか。

確かに普通の笹よりも太い幹。   葉の部分はこんな感じ。

尾根沿いの道を陽に照らされながら行くと、先ほどの奥宮境内よりも広い空間に
いきなり出くわす。ここが「社祀峰(権現山)」で、その昔は、先ほどの御神陵を拝む
本社があった場所だという。今は全ての建物が失われ、だだっ広い空間があるのみ。

この2本の大木のあたりに社殿があったという。

休憩処として用意された東屋は、いつの間にかペシャンコに倒壊してしまっている。
どんな社殿が建っていたのか、正確な記録も残されていないようだ。
横尾道からの入口にある朽ちた石の鳥居だけが、当時を偲ばせるモニュメントだ。

昔はここからイザナミ陵墓を拝んでいた。  倒壊した東屋も妙に絵になったりして。

ストーンヘンジのように立ち尽くす鳥居の残骸。不思議な魅力がある。

 

 

 

 

 

 

 

 

このルートには「玉抱石(たまがかえいし)」というパワースポットがある。
横尾道を登ってくる場合、ルートの左手に分岐した獣道のような斜面沿いの道があり、
そこをを十数m歩くと、注連縄をはられた巨石が現れる。
表面に無数の穴が開いた「玉抱石」は、触れてイザナミに祈願すれば
子宝に恵まれるという言い伝えがあるという。まあ、僕には関係ないのだけれど、
万が一のために拝んでおいた(なんだ、万が一ってw)。

高さ1.3mほどの巨石。       中央に開いた穴から玉が飛び出し、お腹に宿るという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

更に下ると、「社日展望台」があるはずなのだけれど、それらしき案内が見当たらない。
「社日山」と書かれた案内表示の反対側に、藪に覆われた階段を発見したので、
もしやと思い草をかき分け進むと、やはりそこが、かつての展望台のようだ。
手入れもされておらず、地元の井尻小学校の植樹記念の立札も倒れたままだ。
けれども、草むらの中に埋もれた木のベンチに腰かけると、田園と大山を見渡す
爽快な眺めを堪能することができる。マムシとかいないのか?と怯えつつ休憩。

この道標が秘密の展望台の目印。眼下には田園のパッチワークが広がる。

遠く右手に見えるのが山陰の名峰・大山。まだ雪をかぶったままだ。

ここからの道中は、ただひたすら降りていくのみ。
横尾道から登る場合は、この展望台まではひたすら登っていくのみ、ということ。
旧尼子道よりは格段に整備された道なので、体力に自信のない人は、こちらがお薦め。
勾配のある箇所は、きちんと階段も作られているので安心できる。
とはいうものの、大量の落ち葉に足を滑らせることが度々あるので、要注意。

こんな立派な階段は旧尼子道にはない!    しかしこの大量の落ち葉が足元をすくう。

川のせせらぎが聴こえてきて、もうすぐ下山終了の予感。
そしてたどり着いたのは、なんと、最初に訪れた下の宮の境内だったりして(笑)
そう、この横尾道、久米神社・下の宮左手奥からスタートしてたんですね。
なんだか少しだけ脱力し、トボトボと車のところへ向かう僕なのでした。

下の宮の境内の左手に、この道標があります。こちらがお薦めルート!

 

 

 

 

 

 

 

 

この馬的藁人形は、絵馬の代わりなのかな?

【まとめ】 比婆山三峰のうちの「御陵峰」「社祀峰」へは、横尾道ルートがラクです。
今回は回れなかったイザナギを祀る「妙見峰」は日を改めてレポートしたいと思いますが、
いずれにしても旧尼子道は避けたほうが無難でしょう。本当に熊出そうです(笑)
「ガイド」には”軽い山歩きの装備”とありますが、足元がけっこう不安定なので
ちゃんとしたトレック用のシューズ、滑り止めのしっかりした靴を履いていたほうが無難。
横尾道でも登りに1時間はかかると見たほうがよさそうです。
なので、疲労回復用の軽い行動食(チョコとか飴とか)や、飲み水は持っていきましょう。

出雲地方のパワースポット